声明・アピール
個人情報保護「修正法案」に対するメディア総研の見解
2003年02月26日
メディア総合研究所
メディア総合研究所
所長 須藤春夫
2001年3月の国会上程以来、継続審議とされてきた個人情報保護法案は、昨年の第155臨時国会で廃案となった。これに代わり、政府・与党はこの法案に修正を施した上で、新たな法案として、開会中の通常国会に再提出しようとしている。
この修正法案は、①旧法案では何人にも課されていた「基本原則」をすべて削除する一方、「個人情報の適正な取扱い」を図ることを「基本理念」として定め、②主務大臣の勧告・命令権の行使に際しては、表現の自由等を「妨げてはならない」旨の文言に強めるとともに、報道機関等へ個人情報を提供する行為についても権限を行使しないものとした。また、③義務規定の適用除外となる「報道機関」に個人も含まれることを明記し、新たに「著述を業として行う者」が「著述の用に供する目的」で個人情報を取り扱う場合も、同様に適用除外とした。さらに、④「報道」についての定義規定を新設し、「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること(これに基づいて意見又は見解を述べることを含む)」と定めている。
また、個人情報保護法案と一括審議され、同時に廃案となった行政機関個人情報保護法案については、行政機関の職員等が個人情報を不正な利益を図る目的で提供・盗用した場合や、職権を濫用して個人の秘密に属する文書等を収集した場合に処罰する規定を新設する修正を施して再提出されようとしている。
これらの法案は、ジャーナリズムをはじめ広範な市民から指摘された旧法案への批判に譲歩を余儀なくされ、表現の自由の観点などから一定の改善をはかったものであることは認められる。しかし、私たちは、①民間を対象にした法制については一律規制でなく限定的な個別規制が望ましい、②行政機関を対象にした法制についてはもっと規制を強化すべき、と考えることから、今回の修正案は到底受け入れられない。
私たちが個人情報保護法案の「修正案」に反対する理由は、以下のとおりである。
(1)「基本原則」が削除されたとはいえ、何人にも個人情報の「適正な取扱い」を求める「基本理念」規定が、よりあいまいかつ包括的な形で旧法案の「基本原則」の役割を引き継ぐおそれがある。
(2)主務大臣の権限不行使についても、内部告発等を一定保護する役割は果たすものの、報道機関等への情報提供が原則違法であることには変わりなく、民事責任の追及など提供に対する抑止的効果は引き続き残ったままである。
(3)報道機関に「個人を含む」こととし、「著述を業として行う者」も新たに義務規定の除外範囲に加えたとしても、すべてが主務大臣をいただく構造に組み入れられ、行政による恣意的な判断の余地が残されるという根本的な危険性は、旧法案と何ら変わっていない。
(4)「報道」の定義規定についても、その範囲が「客観的事実を事実として知らせる」「これに基づいて意見又は見解を述べる」と狭く限定されているだけでなく、国家が「報道とは何か」を確定していいのかという根本問題を提起している。
インターネットが普及し、報道機関やジャーナリストに限らず、市民の誰もが自由に社会に向けて発言できるようになった今日、このような法規制は個人の表現活動を国家が監視し、個人の内面にまで立ち入って規制をかける枠組みを用意するものに他ならない。
民間を対象とした個人情報の保護法制として望ましいのは、緊急度や重要性が高い特定分野に対して限定的な個別法規制を行い、それ以外の分野については、基本的に自主規制の強化で対応する方法である。提案されている法案の枠組みを前提とせざるを得ない、ということであれば、少なくとも通信・医療・信用・教育など特定の領域に限定して義務規定を適用する「ポジティブリスト方式」と、大臣ではなく独立した機関に行政規制を委ねるやり方が、真摯に追求されるべきである。
また、行政機関個人情報保護法案については、今回の提案は限定的な罰則の導入にとどまっている。本来、最大の「個人情報取扱事業者」である行政機関は、市民のプライバシーを侵害しないよう民間よりも厳格に規制されなければならないはずなのに、この程度の修正ではまったく検討に値しない。行政機関職員の「職権濫用」や「盗用」に対する処罰だけでは、昨年大きな問題となった「防衛庁情報公開リスト問題」にみられるような、組織として行われた個人情報の不正な取扱いには、罰則は適用されないことになってしまう。
住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)をめぐる議論では、いくつかの自治体や市民らからプライバシー侵害に対する強い不安が訴えられた。住基ネットと最も近い関係があるとすればこの行政機関個人情報保護法案であるが、今回の修正ではそうした不安を解消できるものとはとても言えない。
行政機関の個人情報保護法制には、「市民による自己情報コントロールの確立」「個人情報の適正取得規制」「思想・信条等に関するセンシティブ情報の収集禁止」「利用目的の変更や目的外利用・提供の禁止原則の徹底」「本人情報の開示・訂正等の権利が及ばない例外規定の限定化」などが、国際基準からみても欠かせない課題である。このような観点から、行政機関個人情報保護法案は抜本的に強化する形で修正を図るべきである。
政府・与党は、これらの「修正法案」の国会審議について、これまでの内閣委員会での一括審議から、新たに与党から委員長を出した特別委員会を設置してそこに審議の場を移し、2003年度予算審議の後速やかに法案審議を進め、場合によっては与党のみの強行採決によってでも会期内での成立を図ろうとしている、との情報も伝わっている。
以上のような法案の問題点を放置したままで、「数の論理」で強引に押し切ろうとするというのであれば、民主主義に対する暴挙であり、とても見過ごすことはできない。
私たちは、政府・与党が進めようとしている「修正法案」の撤回を求め、私たちが提案した方向で法案を根本から議論し直すことを強く要請する。
以 上