声明・アピール
自民党「青少年有害社会環境対策基本法案」に対するメディア総研の見解
2002年02月21日
メディア総合研究所
メディア総合研究所
所長 須藤春夫
この法案では「青少年有害社会環境」を、「青少年の性若しくは暴力に関する価値観の形成に悪影響を及ぼし」「逸脱行為若しくは残虐な行為を誘発し、若しくは助長する」など「青少年の健全な育成を阻害するおそれのある社会環境」と、広範かつあいまいに定義している(第2条)。
今日のように多様化した社会においては、価値観の形成に影響を及ぼす環境は複雑・多様であり、何が青少年にとって「有害」か、を一概に決めることは困難である。ところがこの法案は、そうしたあいまいな定義のもとに、国が基本方針を策定し、国民的広がりをもった取り組みの推進と事業者(団体)による自主的な取り組みとによって「近年の我が国社会における急激な情報化の進展、過度の商業主義的風潮のまん延等により、青少年有害環境のもたらす弊害が深刻化し、かつ、増大している傾向にあること」(第3条)に対処するとしている。そのために、国、地方公共団体、事業者、保護者および国民の責務を列挙し、それらが一体となって思想善導運動を推進することをめざしている。このような姿勢は、戦前、日本が国策として推進した「青少年の健全育成」の姿と重なるものがあり、政府・政権党主導による官民あげての精神運動の危険を感じずにはいられない。
法案が「青少年有害社会環境対策協会」の設立とそれへの加入の努力義務を事業者に求めていること(第15条)も問題である。「自主規律」とはいえ、事業者は対策協会からの助言、指導、勧告を受け、苦情の対処に関しては、対策協会から説明や文書の提出を求められれば、正当な理由なくこれを拒むことはできないことになっている。また法案は、主務大臣または都道府県知事に対して、対策協会への助言、指導権限を与えており、主務大臣等は対策協会の業務の改善について必要な勧告を行うことができ、勧告に従わないときは、その旨を公表する処分ができることになっている。そのうえ、内閣総理大臣が指定する「青少年有害社会環境対策センター」が対策協会と連携して苦情処理と青少年の健全な育成を阻害するおそれのある商品・役務の供給状況等の調査を行うことにもなっている(第21条)。
こうした仕組みは、これまで事業者が行ってきた自主的な取り組みを、行政の管理のもとで再組織しようとするものであり、視聴者・読者・市民の自主的な運動を官製の枠組みに押し込めようとするものにほかならない。
すでに放送分野では、現行放送法が求める番組審議機関(番審)が長年にわたって活動をしており、NHKと民放連が共同で設立した「放送と青少年に関する委員会」も2000年から苦情対応と調査研究にあたっている。また、映画分野には50年を超える映倫の活動があり、出版分野においても出版倫理協議会等による自主・自律の取り組みが行われている。法案はこうした事業者の自主・自律の姿勢と努力を否定するものであり、各種の自主規制機関の存在をないがしろにするものといわざるを得ない。
事業者の自主的な取り組みを結果的に否定するのであれば、その立法趣旨として、各業界がとってきた自主規制措置では不足だとする根拠が具体的に明示されなければならないはずだが、現段階では、都道府県市町村議会などの「青少年健全育成のための法制定要請」が主たる理由として説明されているだけである(たとえば、2002年1月28日開催のマス・コミユニケーション倫理懇談会全国協議会の「マスコミと公共性」研究会での田中直紀氏の発言)。
議員立法としてこの法案を提出する当事者には、こうした問題点への具体的な回答に加え、放送法に明記された放送事業における番組審議機関と、この法案が設立を予定している「対策協会」との関連、あるいはそれらの位置付けを説明する責任が求められる。
たしかに、日本民間放送連盟や日本書籍出版協会などが、これまでにこの法案に反対する見解を表明しているが、個々の事業者あるいは各労働組合の公式な意見表明は見当たらない。さらに、女性の尊厳を冒涜するような表現が放送番組・雑誌などで氾濫している現状も認めざるを得ない。こうした表現について事業者が説明責任を果たさなければ、法規制を自ら招くものと判断されても仕方のないところではある。メディア総合研究所は、こうした事業者の姿勢についても強く自省を求め、市民と向き合った自主的取り組みによる解決をあくまでも求めるものである。
憲法21条、そして放送法が明記しているように、表現の自由にかかわる分野に関する法的規制については、極めて慎重でなければならない。そのような理由から、同法案の国会上程については、強く反対の意思を表明する。
以 上