声明・アピール
日弁連の「人権機関設置」に対する申し入れ
2000年10月2日
メディア総合研究所
メディア総合研究所
表現の自由やメディアに関心を抱く私たちは、日本弁護士連合会が10月5日から開く人権擁護大会で、メディアによる人権侵害をも対象とする法定の独立人権機関の設置を提案しようとしていることに重大な危惧を抱かざるをえない。
「政府から独立した調査権限のある人権機関の設置を求める宣言(案)」とその「提案理由」やそれとともに提出が予定されている「要綱試案」などによれば、提案されている人権機関は、両院の同意を得て内閣の任命による委員で構成され、政府から強い独立性を保障された行政委員会で、あらゆる人権侵害を対象とし、以下のような権限をもつとされる。?相手方等に対する出頭や書類等の提出を命じたり、関係場所に立ち入ったりする強制調査権限。これへの違反に対しては罰金が課される。?調査の結果、人権侵害を認定した場合、侵害の除去、予防、回復等を求める決定を下す権限。?相手方が決定を応諾しなかったり、決定を実施しない場合、氏名や事実等を公表する権限。?緊急の場合、人権侵害の中止や予防を求める仮救済決定を下す権限、など。
この構想については、表現の自由侵害や権力の報道介入などへの懸念から、日弁連の内部からも異論が出され、9月半ばの理事会で、当初宣言案の提案理由に含まれていた報道機関による人権侵害も対象とすることを前提とした記述を削除し、メディアによる人権侵害の扱いを今後の検討に委ねる旨決定した、と報じられている。しかしながら、これにより宣言案やその提案理由から人権機関の対象上メディアの除外が明示されたわけではないし、要綱試案の解説では、表現の自由にかかわる人権侵害も対象とする旨が明記されたままになっている。メディアが人権機関の対象にされる可能性は、なお残されているというべきである。
私たちは、日本社会がさまざまな人権問題を抱えており、人権救済のあり方を含め、その克服改善が極めて重要な課題であることを認識しており、メディア側にも人権への一層の配慮を求めるものであるが、今回の日弁連の提案は余りにも短絡的であり、とりわけ表現の自由や報道の自由の観点から、根本的な疑問を禁じえない。
まず第一に、行政機関としての人権機関が報道機関やジャーナリストに対して刑罰の威嚇のもと出頭・書類提出・立ち入り等の強制調査権を行使することは、取材・報道の自由を著しく侵害するものであり、たとえ独立機関であったとしても許されない、と私たちは考える。また、仮救済決定の制度は、行政機関による表現の差し止めを容認するものであり、憲法の検閲禁止原則に違反するおそれが強く、過去の最高裁判決の趣旨に照らしても、憲法上重大な疑義があると言わなければならない。侵害の予防、除去、回復等を求める決定や、決定に従わない場合の氏名等の公表も、取材・報道の自由を制約し、萎縮させる危険が高い。このように一連の規制措置は、情報の自由な流通を妨げ、国民の知る権利を狭める結果を招くことを私たちは憂慮する。
第二に、こうした提案は、現在法務省の人権擁護推進審議会で進められている人権救済制度をめぐる議論をはじめ、自民党の報道モニター制度や、報道と人権などに関する提案、自民党による青少年社会環境対策基本法案の提出の動き、政府による個人情報保護基本法のプラン策定などにみられるように、人権や青少年保護を名目に表現や報道への権力の介入、規制を強化しようとする風潮を促進助長し、それを目指す勢力により恣意的に利用されることが危惧される。
第三に、人権救済の課題については、放送界は既に三年前に共同して「放送と人権等権利に関する委員会(BRC)」を設置し、活動を重ねてきたし、新聞など活字の分野でも、プレス・オンブズマンや報道評議会導入の検討・議論がはじまりつつある。今回の提案は、こうしたせっかくの貴重な自主的、自律的な試みや努力の芽を摘み取り、その可能性を閉ざしてしまう効果をもつことが懸念される。
表現活動や報道機関の取材・報道などによる人権侵害の問題は、民主社会で重要な位置を占める表現の自由や報道の自由を考えると、できる限り公権力の介入を排して、市民も参画したメディアの自主・自律の仕組みにより解決していくことが求められる、と私たちは考える。BRCやオンブズマン、報道評議会などはまさにこうした試みにほかならい。昨年の人権擁護大会のシンポジウムや決議に示されているように、日弁連も従来、こうした自主、自律機関の設置を提案してきた。今回の提案は、これまでの方針に真っ向から反する構想だと言わなければならない。
メディアをも対象とする人権機関の提案には、以上のように重大な問題があると考えざるを得ない。したがって、私たちは日弁連に対し、来るべき人権擁護大会などにおいて今回の提案を根本的に見直し、これまで日弁連が掲げてきた自主、自律の制度による救済の原則にもう一度立ち戻り、メディアの取材や報道・論評による人権侵害問題を法定の人権機関の取扱い対象事項とはしないことを、宣言や提案理由、要綱試案等で明らかにすることを強く求める。
2000年10月2日
石川明(関西学院大学教授)、右崎正博(獨協大学教授)、
奥平康弘(憲法研究者)、桂敬一(東京情報大学教授)、
清水英夫(青山学院大学名誉教授)、須藤春夫(法政大学教授)、
田島泰彦(上智大学教授)、原寿雄(ジャーナリスト)、
服部孝章(立教大学教授)、前澤猛(東京経済大学教授)
「政府から独立した調査権限のある人権機関の設置を求める宣言(案)」とその「提案理由」やそれとともに提出が予定されている「要綱試案」などによれば、提案されている人権機関は、両院の同意を得て内閣の任命による委員で構成され、政府から強い独立性を保障された行政委員会で、あらゆる人権侵害を対象とし、以下のような権限をもつとされる。?相手方等に対する出頭や書類等の提出を命じたり、関係場所に立ち入ったりする強制調査権限。これへの違反に対しては罰金が課される。?調査の結果、人権侵害を認定した場合、侵害の除去、予防、回復等を求める決定を下す権限。?相手方が決定を応諾しなかったり、決定を実施しない場合、氏名や事実等を公表する権限。?緊急の場合、人権侵害の中止や予防を求める仮救済決定を下す権限、など。
この構想については、表現の自由侵害や権力の報道介入などへの懸念から、日弁連の内部からも異論が出され、9月半ばの理事会で、当初宣言案の提案理由に含まれていた報道機関による人権侵害も対象とすることを前提とした記述を削除し、メディアによる人権侵害の扱いを今後の検討に委ねる旨決定した、と報じられている。しかしながら、これにより宣言案やその提案理由から人権機関の対象上メディアの除外が明示されたわけではないし、要綱試案の解説では、表現の自由にかかわる人権侵害も対象とする旨が明記されたままになっている。メディアが人権機関の対象にされる可能性は、なお残されているというべきである。
私たちは、日本社会がさまざまな人権問題を抱えており、人権救済のあり方を含め、その克服改善が極めて重要な課題であることを認識しており、メディア側にも人権への一層の配慮を求めるものであるが、今回の日弁連の提案は余りにも短絡的であり、とりわけ表現の自由や報道の自由の観点から、根本的な疑問を禁じえない。
まず第一に、行政機関としての人権機関が報道機関やジャーナリストに対して刑罰の威嚇のもと出頭・書類提出・立ち入り等の強制調査権を行使することは、取材・報道の自由を著しく侵害するものであり、たとえ独立機関であったとしても許されない、と私たちは考える。また、仮救済決定の制度は、行政機関による表現の差し止めを容認するものであり、憲法の検閲禁止原則に違反するおそれが強く、過去の最高裁判決の趣旨に照らしても、憲法上重大な疑義があると言わなければならない。侵害の予防、除去、回復等を求める決定や、決定に従わない場合の氏名等の公表も、取材・報道の自由を制約し、萎縮させる危険が高い。このように一連の規制措置は、情報の自由な流通を妨げ、国民の知る権利を狭める結果を招くことを私たちは憂慮する。
第二に、こうした提案は、現在法務省の人権擁護推進審議会で進められている人権救済制度をめぐる議論をはじめ、自民党の報道モニター制度や、報道と人権などに関する提案、自民党による青少年社会環境対策基本法案の提出の動き、政府による個人情報保護基本法のプラン策定などにみられるように、人権や青少年保護を名目に表現や報道への権力の介入、規制を強化しようとする風潮を促進助長し、それを目指す勢力により恣意的に利用されることが危惧される。
第三に、人権救済の課題については、放送界は既に三年前に共同して「放送と人権等権利に関する委員会(BRC)」を設置し、活動を重ねてきたし、新聞など活字の分野でも、プレス・オンブズマンや報道評議会導入の検討・議論がはじまりつつある。今回の提案は、こうしたせっかくの貴重な自主的、自律的な試みや努力の芽を摘み取り、その可能性を閉ざしてしまう効果をもつことが懸念される。
表現活動や報道機関の取材・報道などによる人権侵害の問題は、民主社会で重要な位置を占める表現の自由や報道の自由を考えると、できる限り公権力の介入を排して、市民も参画したメディアの自主・自律の仕組みにより解決していくことが求められる、と私たちは考える。BRCやオンブズマン、報道評議会などはまさにこうした試みにほかならい。昨年の人権擁護大会のシンポジウムや決議に示されているように、日弁連も従来、こうした自主、自律機関の設置を提案してきた。今回の提案は、これまでの方針に真っ向から反する構想だと言わなければならない。
メディアをも対象とする人権機関の提案には、以上のように重大な問題があると考えざるを得ない。したがって、私たちは日弁連に対し、来るべき人権擁護大会などにおいて今回の提案を根本的に見直し、これまで日弁連が掲げてきた自主、自律の制度による救済の原則にもう一度立ち戻り、メディアの取材や報道・論評による人権侵害問題を法定の人権機関の取扱い対象事項とはしないことを、宣言や提案理由、要綱試案等で明らかにすることを強く求める。
2000年10月2日
石川明(関西学院大学教授)、右崎正博(獨協大学教授)、
奥平康弘(憲法研究者)、桂敬一(東京情報大学教授)、
清水英夫(青山学院大学名誉教授)、須藤春夫(法政大学教授)、
田島泰彦(上智大学教授)、原寿雄(ジャーナリスト)、
服部孝章(立教大学教授)、前澤猛(東京経済大学教授)