声明・アピール
テレビ番組ソフトの制作・流通を改善するために
~放送産業の構造転換をめざして
1999年07月10日
メディア総合研究所
メディア総合研究所
<提言の項目>
第1部 制作環境の改善・変革のために
提言1.番組ソフトの制作にかかわる不公正な取引慣行を改めること。
提言2.合理的な基準に基づいた番組制作費目のスタンダードを業界全体で作成し公表すること。
提言3.番組ソフトの発注および購入方式を改善・変革すること。
提言4.番組制作会社の権利保護をめざす機関の設立を。
第2部 番組ソフトを動かすために
提言5.「番組著作の権利は制作者にある」という原則を明確にすること。
提言6.著作権処理のルールを確立し、それにもとづく契約を徹底すること。
提言7.番組著作権の一括処理を行う「番組著作権処理機構」設置の検討を行うこと。
提言8.著作権データベースを確立すること。
第3部 番組ソフトの支援体制を確立するために
提言9.番組ソフトへの投資システムの確立を。
提言10.番組ソフト制作を支援する基金の設立を。
第4部 制作者の権利の確立と制作能力を高めるために
提言11.制作者たちの権利の確立と地位向上のために職能別ユニオンを。
<提言の内容>
第1部 制作環境の改善・変革のために
提言1.番組ソフトの制作にかかわる不公正な取引慣行を改めること。
(説明)1998年3月に発表された公正取引委員会の「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針」は、「代金の支払遅延」「代金の減額要請」「著しく低い対価での取引の要請」「やり直しの要請」「協賛金等の負担の要請」「商品等の購入要請」「役務の成果物に係わる権利等の一方的扱い」などの行為が「違法となる」可能性のあることを明確にした。
こうした「違法となる行為」は、番組ソフトの制作をめぐっては日常化しており、「放送局」対「番組制作会社」の関係だけではなく、技術プロダクションや人材派遣会社、フリーランサーといったさまざまな関連組織および個人をも巻き込む形で、重層化しながら構造化しているという指摘もある。
番組ソフトの制作に係わるさまざまな当事者が「違法となる行為」を厳しく監視し、その根絶にむけて、意識的かつ積極的に取り組まなければならないことを強くアピールしたい。この問題の解決のためには、垂直的統合構造の頂点に位置する放送局側の努力がもっとも重要である。その上で、番組制作会社もまた、番組制作にかかわる同様の不公正な取引慣行を他の諸組織や個人に押しつけることのないよう改善していく必要があろう。
提言2.合理的な基準に基づいた番組制作費目のスタンダードを業界全体で作成し公表すること。
(説明)メディア総研が行った番組制作現場に対するアンケート調査でもっとも意見が集中したのは、制作費のアップを求める声だった。放送局の一方的な提示額で番組制作会社への発注額が決まることの多い現在の取引の実態を改善するためには、なによりもまず合理的なコスト計算方式による「番組制作費目のスタンダード」を放送局と制作会社の双方の合意で作成し、制作費の分配の公平化を図る必要がある。また、番組制作費目のスタンダードは、状況変化に応じる形で改正作業を行うことが望ましい。
提言3.番組ソフトの発注および購入方式を改善・変革すること。
(説明)部分発注方式を改めるとともに、公開入札制度の導入が求められる。現在、放送局が盛んに行っている「部分発注」、または「制作協力」といった番組制作の部分委託をやめて、「全面委託」、「購入」の比重を増やすことが求められている。また、長期的には、放送局側が年間外注計画を告示し、それにもとづいて番組制作会社側が企画案を応募する公開入札制度(アメリカ式パイロット版制作システムを含む)を導入することも、検討していくべきであろう。
「制作費の前払いシステム」を定着させることも強く求められている。制作着手と同時に制作費(全部または一部)を支払うとともに、企画アイディア費、パイロット版制作費についても、正当な対価が支払われなければならない。
提言4.番組制作会社の権利保護をめざす機関の設立を。
(説明)制作会社に対しては、これまでの「下請け」または「受注企業」としての地位からの脱皮を図るための積極的な努力が求められる。既存の番組制作会社の実態は、ネットワークから「独立」しているというよりは、「本体の外部」ではあるものの、放送局の制作部門に属する「外部プロダクション」としての性格が強い。もちろん、こうした現状は、放送局が流通部門を独占してきたことによるものだが、その一方で、制作会社側にも「発注-受注の構造」に寄りかかってきた側面がないともいえない。
こうした現状から脱皮するためには、まず、制作会社の権利保護および自立の基盤を整える機関として、「独立プロダクション協会」(仮称)の設立を検討する必要がある。この機関の役割は、第一に、制作会社相互による効率的な情報交換、機材の共同使用などを通じて、番組制作上のノウハウの蓄積、積極的な対外広報活動を展開すること、第二に、放送局や行政当局に対する交渉の窓口としての役割を担うなど、制作会社の権利・利益を確保するために連帯体制を構築すること、第三に、制作会社独自の倫理ガイドラインを作成し、番組制作の責任強化と質的向上を図ること、そして第四に、将来に向けては、番組ソフトの流通機構としての役割も担えることである。
このような機関としては現在、大手の番組制作会社が参加する全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)などがあるが、こうした組織を中核にしてより広範な番組制作会社が参加する機関の設立が望まれる。
制作会社の業務領域の細分化・専門化への対応も急がれている。番組制作をめぐっては、高度の細分化・専門化が進んでいて、個々の制作会社としては、独創的な番組を企画・制作・供給する差別化の努力が求められている。それと同時に、本格的なデジタル放送時代に向けて、多様な資金調達手段を確保することや、販売ルートの多様化、海外市場の開拓といった多角的な努力も欠かせなくなっている。
第2部 番組ソフトを動かすために
提言5.「番組著作の権利は制作者にある」という原則を明確にすること。
(説明)日本の放送界では、外部委託制作による番組ソフトの著作権の帰属については、番組制作に係わる諸組織や個人の間で合意が得られていないのが実情である。発注者である放送局は、制作資金を出資していることや、制作会社だけでは流通経路が確保できないことなどを理由に、番組の二次利用権、いわゆる「窓口権」を独占してきた。
しかし、これからの本格的な多メディア・多チャンネル時代においては、こうした実態は改善されなければならない。制作者側が企画段階から番組の二次利用を考慮した形で番組制作を行い、制作した番組を流通させるための新しい販路を積極的に開拓する努力を行ってこそ、番組ソフトの流通の活性化は達成できるであろう。
こうした著作権および「窓口権」の帰属をめぐっては、アメリカで行われている「欠損財政方式(deficit financing)」--放送局と制作会社との契約によって、放送局が著作権および窓口権を制作会社に渡す代わりに、制作費の一部(約80%)だけを支払う方式--を検討することも考えられる。しかし、制作会社の零細性や、地上放送を除いては制作会社に利潤をもたらすような流通経路が十分に確保できていない日本の放送界の現実を考慮すると、その実現可能性は低いとの指摘もある。
したがって、この問題に関しても、放送局側の積極的努力をまず求めたい。長期的な観点に立てば、制作会社を積極的に育成することが番組制作能力と番組の質を高めることにつながり、放送界全体の共存・共栄に役立つことは明らかである。そのような認識を放送局側がまず持つことが、なによりも求められている。
提言6.著作権処理のルールを確立し、それにもとづく契約を徹底すること。
(説明)番組の権利が収入の源泉となる時代が到来するにつれて、放送局は、制作会社に委託した番組ソフトだけでなく、音声・映像素材の著作権、二次利用権までをも囲い込む契約を制作会社に求めてきている。こうした実態はすでに指摘したように、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」にあたり、違法となる可能性が非常に高い。それだけに、番組制作者の創造的制作意欲を著しく低下させ、放送界を閉塞状況に追い込む危険を孕んでいる。
このような非合理的な契約・取引慣行の存在はまた、番組ソフトへの外部からの投資意欲を低下させ、多様な形で制作資金を集める道を閉ざす結果を招きかねない。したがって、「番組著作の権利は制作者に帰属する」という根本原則を業界全体でまず確認し、その上で、著作権および二次利用権の処理などについて合理的なルールを設けるとともに、そのルールに基づいた契約の実施を徹底することが求められる。それによって制作者は、番組の企画・制作段階から、二次利用戦略を含めた構想を立てることができ、その構想に基づいて、制作資金を各方面から調達する道も開けるからである。
提言7. 番組著作権の一括処理を行う「番組著作権処理機構」設置の検討を行うこと。
(説明)番組ソフトの著作権処理にあたっては、個別の著作権者との交渉を通じて利用契約を締結することが一般的である。権利者とのこうした直接利用契約は、著作権の経済的価値をよく反映できる方法ではあるが、すべての権利者の同意を得なければ当該番組ソフトの利用が不可能であるため、その処理には多くの困難がともなっている。また、著作権および著作隣接権の利用契約がすべて同一の条件で行われる保証がないために、番組ソフトの効率的活用も難しくなっている。
したがって、著作物の権利処理を簡潔にし、番組ソフトの効率的利用を図ることが求められる。そのためには、放送事業者と番組制作会社が共同で参加し、著作権、著作隣接権の一括処理を行う「番組著作権処理機構」(仮称)の設置が検討されなければならない。この機構には、これまで放送事業者が音楽家、脚本家、実演家等の権利者団体と交渉し、一括処理契約を行ってきたノウハウが引き継がれなければならない。そのうえで、「放送権」だけではなく、著作権全般を委託・管理することによって、制作者や個別権利者の経済的権利を守ると同時に、複合的著作物の著作権、著作隣接権、利用権の所在、制約条件などについての情報の公示機能を担うことが求められる。
この番組著作権処理機構は、契約締結を代理し、著作権料を徴収する役割を担うだけでなく、積極的に著作権の販売を代理し、仲介する流通事業者としての役割を持つことが望ましい。こうした役割は、流通市場を活性化するために欠かせないと同時に、番組ソフトの制作を活発に行うためにも必要なことであり、著作権者、番組ソフト制作者、放送事業者、そして利用者のすべてにとって有益なものとなるであろう。
こうした著作権管理情報の集中システムはまた、資金調達の面でも重要な役割を遂行することができる。番組制作会社が金融機関からの融資を得ることが難しい現状において、番組著作権処理機構が番組ソフトの客観的価値を事前に評価し、融資の斡旋、債務保証などを行うことも可能だからである。
提言8.著作権データベースを確立すること。
(説明)番組ソフトの流通を活性化するためには、著作物をめぐる権利関係の正確な公示や、それに基づいた著作物の利用を促進することが重要であり、そのために欠かせないのが、著作権データベースである。しかし、現状は、放送局または番組制作会社が独自に目録を作成し、簡単な検索システムを構築しているにすぎない。
各事業者が独自に取り組んでいるこれらの著作権データベースを統合し、ネットワーク上で検索できるシステムを構築することが必要不可欠になっている。このデータベースは、著作物、著作権者、権利者、そして著作物の使用に関する条件などに簡単にアクセスできる情報システムとして機能することをめざすものである。
第3部 番組ソフトの支援体制を確立するために
提言9.番組ソフトへの投資システムの確立を。
(説明)現行の取引慣行の不公正を是正し、適正な配分の確保や現行の番組制作体制のより一層の健全化を図るためには、番組制作資金の調達をより円滑にする必要がある。そうすることによって、制作者の自立性が確保されると考えるからである。そのためには、放送産業全体で番組制作資金の調達システムを確立することが望まれる。
具体的には、放送局、番組制作会社等の番組ソフトの企画・立案に対し、それらの企画に事業可能性があると判断した投資家が、制作資金を投資できるようにする投資機構の確立を望むものである。その場合、投資家のリスク負担の明確化が図られるようなリスク分散システム(債務保証を一定程度引き受ける機構作り)を確立することも求められるであろう。
この投資機構を利用する番組制作会社に対しては、書面による契約、バランスシートの提示など、事業の健全性を評価する一定の要件を満たした基準を用意することが必要になるであろう。これらの基準の整備・構築をすすめること自体が、放送事業の透明化を押しすすめることに役立ち、ひいては、放送産業全体の活性化につながると思われるからである。
提言10.番組ソフト制作を支援する基金の設立を。
(説明)放送事業者にしても、番組制作会社にしても、自由市場のもとでの公正な競争を目指す以上、番組制作のための資金は自らの努力によって調達するのが基本である。
しかし、現状においては、事業環境などによって資金調達が難しい場合が多い。また、ローカル局等においては、番組内容に関わらず、一次的な番組放送枠の営業収入見通しが制作費の規模を確定していくことが多い。それだけに、優れた、先見性のある企画がそうした困難を乗り越えて番組化され、放送されるチャンスをつくる努力をするべきである。そのためには、放送局・番組制作会社等を対象に、番組ソフト制作を促進するのための支援措置を講じる必要があるだろう。
具体的方策としては、放送事業者・放送関連事業者のみならず、文化資産としての放送番組の発展を促すという趣旨に賛同する事業者・団体等に広く呼びかけることで、番組ソフト制作の支援を目的とした基金を設立することが考えられる。基金は放送局や番組制作会社に番組単位で制作資金を貸し付ける制度を用意するとともに、フリーランスの番組制作者を対象に、番組企画に対する低利の融資制度を検討するなどして、優れた番組企画が放送番組として世に出るチャンスを支援していくことになる。
第4部 制作者の権利の確立と制作能力を高めるために
提言11.制作者たちの権利の確立と地位向上のために職能別ユニオンの結成を。
(説明)日本の放送労働者は、自らの労働条件の向上や諸権利の確立、そして市民のための放送を実現する運動などを、企業別労働組合とその連合組織のもとですすめてきた。しかし、企業別労働組合では、労働者の間にも会社主義の弊害が現れがちで、放送労働者全体の公正な労働条件を確保することや、制作者(ここではプロデューサー、ディレクター、記者、ライター、アナウンサー、カメラ、技術・美術の担当者など広義の番組制作者をいう)としての諸権利を守ることが難しくなっている。また、番組制作の職能技術を向上せさる時間的なゆとりが確保できないまま、日常業務に追われる状態が広がっている。
現状では、NHK、民放ともに番組制作の多くを番組制作会社やフリーの制作者に依存しており、番組ソフト制作の分業化は著しく進んでいる。にもかかわらず、放送局に雇用された労働者とそれ以外の放送労働者との賃金・労働条件の格差は著しく、そのことが共同で働く番組制作の現場にさまざまな問題を投げかけている。
デジタル時代の放送を市民に開かれたより豊かなものとするには、企業別に組織されたこれまでの労働者組織のあり方を再検討し、企業の枠を越えて放送労働者がそれぞれの職能によって結束する「職能別ユニオン」の方向をめざすべきではないだろうか。雇用形態の違いを越えて、職能に基づいて公正な賃金、労働条件を決定する--そういう時代への制作者の主体的な対応が求められている。
放送産業を担う放送労働者のこのような自己改革がなければ、デジタル・多チャンネル時代を席巻しようとしているむき出しの市場主義のもとで、制作現場はいっそうの視聴率至上主義に陥り、荒廃を深めることになるであろう。
すでに先進諸国では、メディア関係の職能別ユニオンが確立しており、そうした職業別ユニオンを束ねたメディア連合組織も活動を行っている。日本でも音楽家、脚本家、俳優などの職能別組織がすでに存在し、著作物の権利者団体としてもその役割を発揮するようになっている。しかし、番組ソフト制作の主要な担い手である制作者たちの組織については、企業別労働組合の歴史が長く、それを直ちに新たな組織へ転換するのは容易なことではない。何らかの過渡的な手だてを経ながら職能別ユニオンに脱皮する可能性を追求することが必要であろう。また、制作者の権利を確立し、その地位の向上を図るためには、音楽家、脚本家、実演家などのユニオンを含めたメディア関係の職能別ユニオンが、国内的にも国際的にも相互に連携していくことが必要になるであろう。
放送労働者の職能別組織の主な目的は以下の通りである。
a.職能別最低賃金を設定する交渉団体としての役割
b.放送ジャーナリストや番組制作者の権利の確立
c.職業紹介・斡旋業務(労働者供給事業)
d.制作者としての職能の向上を図る教育体系の確立とその実践
e.年金、障害保険など相互扶助制度の確立
<提言の意図>
1.これまでの経緯
放送界はいまデジタル時代への突入を目前に控えている。これまでに経験したことのない多メディア、多チャンネル化がすすむなかで、放送の公共的役割が見失われたり、何でもありの風潮がまかり通る様相を見せている。それだけに、多様な形態の放送ジャーナリズムと放送文化をつくり出す体制の確立が急務となっている。いま日本の放送界がとっているような、地上放送を中心としたテレビ番組ソフトの制作・流通システムの矛盾が顕著になり、その抜本的な組み替えが求められているからである。
メディア総研では、このような状況を見据えて、番組ソフトの制作と流通の適切なあり方を求めて検討を行ってきた。これまでに、放送局やプロダクションで働く制作者へのアンケート調査(97年2月~3月)と、テレビ局・番組制作会社・派遣会社の経営者へのアンケート調査(97年7月~8月)を実施したほか、放送局の経営者、編成担当者、営業担当者、記者、制作者、番組制作会社経営者などへの聞き取り調査を行ってきた。また、海外の現状についての資料収集なども行い、それらをもとに今回「提言」としてまとめた。
「提言」をまとめるにあたってポイントとしたのは以下の点である。
�番組制作体制におけるリソース(源資)の公正な配分の必要性
�番組ソフト市場の改善を図り、番組ソフトを動かすシステムを作りだす必要性
�番組制作の支援体制確立の必要性
�番組制作者の権利を確立し制作能力を高める方策の必要性
現在のテレビ番組ソフトの制作は、地上放送局による番組制作会社への外注化と、人材派遣会社、フリーランスの導入を中心にすすめられている。このため、徹底したコスト管理と視聴率重視の視点になりやすく、番組制作関係においても放送局と番組制作会社の関係は、従来の下請け的な上下関係という立場を改善できないでいる。その結果、番組制作会社への制作費の公正な分配がすすまないだけでなく、制作会社間の抜け駆け的な競争を生む体質もつくりあげている。また、番組制作における放送倫理の欠如や、番組内容の質の低下を招きやすくもしている。1998年3月に発表された公正取引委員会の「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針」は、そのような構造が生み出す問題点を明確に示している。
放送局と番組制作会社とのこのような「発注-受注関係」は、番組の著作権の帰属についても、放送局が著作権を有するのが当然のような状態を生み出している。発注者である放送局は、制作資金を放送局が出資していることや、番組制作会社だけでは流通経路を確保できないなどといった理由で、番組の二次利用権であるいわゆる「窓口権」を独占してきたが、こうした行為もまた「役務の成果物に係る権利等の一方的扱い」にあたるとして、公正取引委員会は「違法となる」とした。
しかし、事態は改善されてはいない。むしろこうした要因が相まって、全体としては番組ソフトの制作と流通をますます機能不全状態に追い込んでいるようにすらみえる。
こうした状況を打開するために、全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)や一部のキー局で改善への動きが始まっているが、放送界全体からするとその動きは活発とはいえない。このままテレビ番組ソフトの制作・流通体制が変わることなく推移するのであれば、日本の放送メディアはマスコミュニケーションとしての役割を発揮できないばかりか、デジタル技術の可能性を押しつぶして産業的な危機を招くかもしれない。
2.デジタル時代の放送秩序の変化
デジタル化の大きな特徴は、テレビメディアの多チャンネル化であり、その結果としてテレビ番組ソフトの広大な市場が生まれることである。これまでのテレビ番組の制作・流通は、地上放送事業者がほぼ一元的に管理・運用してきたが、新しい事態のもとで、多種多様な資本がこの分野への参入を始めている。その新しい変化は、放送業界が長年にわたってとってきた前近代的な「発注-受注関係」の見直しを迫らずにはおかないであろう。
デジタル化の果実を市民社会のために真に生かそうとするのであれば、豊富で多様な番組の制作と流通を通して、まずテレビで実現されるべきである。そのためには、何よりも志のある放送事業者の登場が待たれるし、多彩な制作者と番組ソフトを動かす事業者の出現が望まれる。
すでに日本のテレビ番組制作においては、番組制作会社が主要な担い手としてその位置を占めるまでになっている。一方、番組ソフト市場には多様な資本が参入する動きを見せている。番組ソフト制作の実質的な担い手となった番組制作会社と新しい資本との出会いは、従来の放送局と番組制作会社との関係を変えずにはおかない。それだけに、番組制作と流通市場において、個々の事業者が自立しながら放送ジャーナリズム、放送文化の発展をめざせるような環境を整備することが不可欠になっている。
そのためには、先に指摘したような問題点を改善し、番組ソフトの制作・流通体制の透明性を高め、関係者がそれぞれの分野に公平に参画して適正な報酬を受けとることができるシステムへと組み替えなければならない。そうすることで、放送産業全体が近代的な構造へと転換することができるし、市民社会の期待に応えるメディアとして、その役割を果たすことができるのではないか。
提言1.番組ソフトの制作にかかわる不公正な取引慣行を改めること。
提言2.合理的な基準に基づいた番組制作費目のスタンダードを業界全体で作成し公表すること。
提言3.番組ソフトの発注および購入方式を改善・変革すること。
提言4.番組制作会社の権利保護をめざす機関の設立を。
第2部 番組ソフトを動かすために
提言5.「番組著作の権利は制作者にある」という原則を明確にすること。
提言6.著作権処理のルールを確立し、それにもとづく契約を徹底すること。
提言7.番組著作権の一括処理を行う「番組著作権処理機構」設置の検討を行うこと。
提言8.著作権データベースを確立すること。
第3部 番組ソフトの支援体制を確立するために
提言9.番組ソフトへの投資システムの確立を。
提言10.番組ソフト制作を支援する基金の設立を。
第4部 制作者の権利の確立と制作能力を高めるために
提言11.制作者たちの権利の確立と地位向上のために職能別ユニオンを。
<提言の内容>
第1部 制作環境の改善・変革のために
提言1.番組ソフトの制作にかかわる不公正な取引慣行を改めること。
(説明)1998年3月に発表された公正取引委員会の「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針」は、「代金の支払遅延」「代金の減額要請」「著しく低い対価での取引の要請」「やり直しの要請」「協賛金等の負担の要請」「商品等の購入要請」「役務の成果物に係わる権利等の一方的扱い」などの行為が「違法となる」可能性のあることを明確にした。
こうした「違法となる行為」は、番組ソフトの制作をめぐっては日常化しており、「放送局」対「番組制作会社」の関係だけではなく、技術プロダクションや人材派遣会社、フリーランサーといったさまざまな関連組織および個人をも巻き込む形で、重層化しながら構造化しているという指摘もある。
番組ソフトの制作に係わるさまざまな当事者が「違法となる行為」を厳しく監視し、その根絶にむけて、意識的かつ積極的に取り組まなければならないことを強くアピールしたい。この問題の解決のためには、垂直的統合構造の頂点に位置する放送局側の努力がもっとも重要である。その上で、番組制作会社もまた、番組制作にかかわる同様の不公正な取引慣行を他の諸組織や個人に押しつけることのないよう改善していく必要があろう。
提言2.合理的な基準に基づいた番組制作費目のスタンダードを業界全体で作成し公表すること。
(説明)メディア総研が行った番組制作現場に対するアンケート調査でもっとも意見が集中したのは、制作費のアップを求める声だった。放送局の一方的な提示額で番組制作会社への発注額が決まることの多い現在の取引の実態を改善するためには、なによりもまず合理的なコスト計算方式による「番組制作費目のスタンダード」を放送局と制作会社の双方の合意で作成し、制作費の分配の公平化を図る必要がある。また、番組制作費目のスタンダードは、状況変化に応じる形で改正作業を行うことが望ましい。
提言3.番組ソフトの発注および購入方式を改善・変革すること。
(説明)部分発注方式を改めるとともに、公開入札制度の導入が求められる。現在、放送局が盛んに行っている「部分発注」、または「制作協力」といった番組制作の部分委託をやめて、「全面委託」、「購入」の比重を増やすことが求められている。また、長期的には、放送局側が年間外注計画を告示し、それにもとづいて番組制作会社側が企画案を応募する公開入札制度(アメリカ式パイロット版制作システムを含む)を導入することも、検討していくべきであろう。
「制作費の前払いシステム」を定着させることも強く求められている。制作着手と同時に制作費(全部または一部)を支払うとともに、企画アイディア費、パイロット版制作費についても、正当な対価が支払われなければならない。
提言4.番組制作会社の権利保護をめざす機関の設立を。
(説明)制作会社に対しては、これまでの「下請け」または「受注企業」としての地位からの脱皮を図るための積極的な努力が求められる。既存の番組制作会社の実態は、ネットワークから「独立」しているというよりは、「本体の外部」ではあるものの、放送局の制作部門に属する「外部プロダクション」としての性格が強い。もちろん、こうした現状は、放送局が流通部門を独占してきたことによるものだが、その一方で、制作会社側にも「発注-受注の構造」に寄りかかってきた側面がないともいえない。
こうした現状から脱皮するためには、まず、制作会社の権利保護および自立の基盤を整える機関として、「独立プロダクション協会」(仮称)の設立を検討する必要がある。この機関の役割は、第一に、制作会社相互による効率的な情報交換、機材の共同使用などを通じて、番組制作上のノウハウの蓄積、積極的な対外広報活動を展開すること、第二に、放送局や行政当局に対する交渉の窓口としての役割を担うなど、制作会社の権利・利益を確保するために連帯体制を構築すること、第三に、制作会社独自の倫理ガイドラインを作成し、番組制作の責任強化と質的向上を図ること、そして第四に、将来に向けては、番組ソフトの流通機構としての役割も担えることである。
このような機関としては現在、大手の番組制作会社が参加する全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)などがあるが、こうした組織を中核にしてより広範な番組制作会社が参加する機関の設立が望まれる。
制作会社の業務領域の細分化・専門化への対応も急がれている。番組制作をめぐっては、高度の細分化・専門化が進んでいて、個々の制作会社としては、独創的な番組を企画・制作・供給する差別化の努力が求められている。それと同時に、本格的なデジタル放送時代に向けて、多様な資金調達手段を確保することや、販売ルートの多様化、海外市場の開拓といった多角的な努力も欠かせなくなっている。
第2部 番組ソフトを動かすために
提言5.「番組著作の権利は制作者にある」という原則を明確にすること。
(説明)日本の放送界では、外部委託制作による番組ソフトの著作権の帰属については、番組制作に係わる諸組織や個人の間で合意が得られていないのが実情である。発注者である放送局は、制作資金を出資していることや、制作会社だけでは流通経路が確保できないことなどを理由に、番組の二次利用権、いわゆる「窓口権」を独占してきた。
しかし、これからの本格的な多メディア・多チャンネル時代においては、こうした実態は改善されなければならない。制作者側が企画段階から番組の二次利用を考慮した形で番組制作を行い、制作した番組を流通させるための新しい販路を積極的に開拓する努力を行ってこそ、番組ソフトの流通の活性化は達成できるであろう。
こうした著作権および「窓口権」の帰属をめぐっては、アメリカで行われている「欠損財政方式(deficit financing)」--放送局と制作会社との契約によって、放送局が著作権および窓口権を制作会社に渡す代わりに、制作費の一部(約80%)だけを支払う方式--を検討することも考えられる。しかし、制作会社の零細性や、地上放送を除いては制作会社に利潤をもたらすような流通経路が十分に確保できていない日本の放送界の現実を考慮すると、その実現可能性は低いとの指摘もある。
したがって、この問題に関しても、放送局側の積極的努力をまず求めたい。長期的な観点に立てば、制作会社を積極的に育成することが番組制作能力と番組の質を高めることにつながり、放送界全体の共存・共栄に役立つことは明らかである。そのような認識を放送局側がまず持つことが、なによりも求められている。
提言6.著作権処理のルールを確立し、それにもとづく契約を徹底すること。
(説明)番組の権利が収入の源泉となる時代が到来するにつれて、放送局は、制作会社に委託した番組ソフトだけでなく、音声・映像素材の著作権、二次利用権までをも囲い込む契約を制作会社に求めてきている。こうした実態はすでに指摘したように、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」にあたり、違法となる可能性が非常に高い。それだけに、番組制作者の創造的制作意欲を著しく低下させ、放送界を閉塞状況に追い込む危険を孕んでいる。
このような非合理的な契約・取引慣行の存在はまた、番組ソフトへの外部からの投資意欲を低下させ、多様な形で制作資金を集める道を閉ざす結果を招きかねない。したがって、「番組著作の権利は制作者に帰属する」という根本原則を業界全体でまず確認し、その上で、著作権および二次利用権の処理などについて合理的なルールを設けるとともに、そのルールに基づいた契約の実施を徹底することが求められる。それによって制作者は、番組の企画・制作段階から、二次利用戦略を含めた構想を立てることができ、その構想に基づいて、制作資金を各方面から調達する道も開けるからである。
提言7. 番組著作権の一括処理を行う「番組著作権処理機構」設置の検討を行うこと。
(説明)番組ソフトの著作権処理にあたっては、個別の著作権者との交渉を通じて利用契約を締結することが一般的である。権利者とのこうした直接利用契約は、著作権の経済的価値をよく反映できる方法ではあるが、すべての権利者の同意を得なければ当該番組ソフトの利用が不可能であるため、その処理には多くの困難がともなっている。また、著作権および著作隣接権の利用契約がすべて同一の条件で行われる保証がないために、番組ソフトの効率的活用も難しくなっている。
したがって、著作物の権利処理を簡潔にし、番組ソフトの効率的利用を図ることが求められる。そのためには、放送事業者と番組制作会社が共同で参加し、著作権、著作隣接権の一括処理を行う「番組著作権処理機構」(仮称)の設置が検討されなければならない。この機構には、これまで放送事業者が音楽家、脚本家、実演家等の権利者団体と交渉し、一括処理契約を行ってきたノウハウが引き継がれなければならない。そのうえで、「放送権」だけではなく、著作権全般を委託・管理することによって、制作者や個別権利者の経済的権利を守ると同時に、複合的著作物の著作権、著作隣接権、利用権の所在、制約条件などについての情報の公示機能を担うことが求められる。
この番組著作権処理機構は、契約締結を代理し、著作権料を徴収する役割を担うだけでなく、積極的に著作権の販売を代理し、仲介する流通事業者としての役割を持つことが望ましい。こうした役割は、流通市場を活性化するために欠かせないと同時に、番組ソフトの制作を活発に行うためにも必要なことであり、著作権者、番組ソフト制作者、放送事業者、そして利用者のすべてにとって有益なものとなるであろう。
こうした著作権管理情報の集中システムはまた、資金調達の面でも重要な役割を遂行することができる。番組制作会社が金融機関からの融資を得ることが難しい現状において、番組著作権処理機構が番組ソフトの客観的価値を事前に評価し、融資の斡旋、債務保証などを行うことも可能だからである。
提言8.著作権データベースを確立すること。
(説明)番組ソフトの流通を活性化するためには、著作物をめぐる権利関係の正確な公示や、それに基づいた著作物の利用を促進することが重要であり、そのために欠かせないのが、著作権データベースである。しかし、現状は、放送局または番組制作会社が独自に目録を作成し、簡単な検索システムを構築しているにすぎない。
各事業者が独自に取り組んでいるこれらの著作権データベースを統合し、ネットワーク上で検索できるシステムを構築することが必要不可欠になっている。このデータベースは、著作物、著作権者、権利者、そして著作物の使用に関する条件などに簡単にアクセスできる情報システムとして機能することをめざすものである。
第3部 番組ソフトの支援体制を確立するために
提言9.番組ソフトへの投資システムの確立を。
(説明)現行の取引慣行の不公正を是正し、適正な配分の確保や現行の番組制作体制のより一層の健全化を図るためには、番組制作資金の調達をより円滑にする必要がある。そうすることによって、制作者の自立性が確保されると考えるからである。そのためには、放送産業全体で番組制作資金の調達システムを確立することが望まれる。
具体的には、放送局、番組制作会社等の番組ソフトの企画・立案に対し、それらの企画に事業可能性があると判断した投資家が、制作資金を投資できるようにする投資機構の確立を望むものである。その場合、投資家のリスク負担の明確化が図られるようなリスク分散システム(債務保証を一定程度引き受ける機構作り)を確立することも求められるであろう。
この投資機構を利用する番組制作会社に対しては、書面による契約、バランスシートの提示など、事業の健全性を評価する一定の要件を満たした基準を用意することが必要になるであろう。これらの基準の整備・構築をすすめること自体が、放送事業の透明化を押しすすめることに役立ち、ひいては、放送産業全体の活性化につながると思われるからである。
提言10.番組ソフト制作を支援する基金の設立を。
(説明)放送事業者にしても、番組制作会社にしても、自由市場のもとでの公正な競争を目指す以上、番組制作のための資金は自らの努力によって調達するのが基本である。
しかし、現状においては、事業環境などによって資金調達が難しい場合が多い。また、ローカル局等においては、番組内容に関わらず、一次的な番組放送枠の営業収入見通しが制作費の規模を確定していくことが多い。それだけに、優れた、先見性のある企画がそうした困難を乗り越えて番組化され、放送されるチャンスをつくる努力をするべきである。そのためには、放送局・番組制作会社等を対象に、番組ソフト制作を促進するのための支援措置を講じる必要があるだろう。
具体的方策としては、放送事業者・放送関連事業者のみならず、文化資産としての放送番組の発展を促すという趣旨に賛同する事業者・団体等に広く呼びかけることで、番組ソフト制作の支援を目的とした基金を設立することが考えられる。基金は放送局や番組制作会社に番組単位で制作資金を貸し付ける制度を用意するとともに、フリーランスの番組制作者を対象に、番組企画に対する低利の融資制度を検討するなどして、優れた番組企画が放送番組として世に出るチャンスを支援していくことになる。
第4部 制作者の権利の確立と制作能力を高めるために
提言11.制作者たちの権利の確立と地位向上のために職能別ユニオンの結成を。
(説明)日本の放送労働者は、自らの労働条件の向上や諸権利の確立、そして市民のための放送を実現する運動などを、企業別労働組合とその連合組織のもとですすめてきた。しかし、企業別労働組合では、労働者の間にも会社主義の弊害が現れがちで、放送労働者全体の公正な労働条件を確保することや、制作者(ここではプロデューサー、ディレクター、記者、ライター、アナウンサー、カメラ、技術・美術の担当者など広義の番組制作者をいう)としての諸権利を守ることが難しくなっている。また、番組制作の職能技術を向上せさる時間的なゆとりが確保できないまま、日常業務に追われる状態が広がっている。
現状では、NHK、民放ともに番組制作の多くを番組制作会社やフリーの制作者に依存しており、番組ソフト制作の分業化は著しく進んでいる。にもかかわらず、放送局に雇用された労働者とそれ以外の放送労働者との賃金・労働条件の格差は著しく、そのことが共同で働く番組制作の現場にさまざまな問題を投げかけている。
デジタル時代の放送を市民に開かれたより豊かなものとするには、企業別に組織されたこれまでの労働者組織のあり方を再検討し、企業の枠を越えて放送労働者がそれぞれの職能によって結束する「職能別ユニオン」の方向をめざすべきではないだろうか。雇用形態の違いを越えて、職能に基づいて公正な賃金、労働条件を決定する--そういう時代への制作者の主体的な対応が求められている。
放送産業を担う放送労働者のこのような自己改革がなければ、デジタル・多チャンネル時代を席巻しようとしているむき出しの市場主義のもとで、制作現場はいっそうの視聴率至上主義に陥り、荒廃を深めることになるであろう。
すでに先進諸国では、メディア関係の職能別ユニオンが確立しており、そうした職業別ユニオンを束ねたメディア連合組織も活動を行っている。日本でも音楽家、脚本家、俳優などの職能別組織がすでに存在し、著作物の権利者団体としてもその役割を発揮するようになっている。しかし、番組ソフト制作の主要な担い手である制作者たちの組織については、企業別労働組合の歴史が長く、それを直ちに新たな組織へ転換するのは容易なことではない。何らかの過渡的な手だてを経ながら職能別ユニオンに脱皮する可能性を追求することが必要であろう。また、制作者の権利を確立し、その地位の向上を図るためには、音楽家、脚本家、実演家などのユニオンを含めたメディア関係の職能別ユニオンが、国内的にも国際的にも相互に連携していくことが必要になるであろう。
放送労働者の職能別組織の主な目的は以下の通りである。
a.職能別最低賃金を設定する交渉団体としての役割
b.放送ジャーナリストや番組制作者の権利の確立
c.職業紹介・斡旋業務(労働者供給事業)
d.制作者としての職能の向上を図る教育体系の確立とその実践
e.年金、障害保険など相互扶助制度の確立
<提言の意図>
1.これまでの経緯
放送界はいまデジタル時代への突入を目前に控えている。これまでに経験したことのない多メディア、多チャンネル化がすすむなかで、放送の公共的役割が見失われたり、何でもありの風潮がまかり通る様相を見せている。それだけに、多様な形態の放送ジャーナリズムと放送文化をつくり出す体制の確立が急務となっている。いま日本の放送界がとっているような、地上放送を中心としたテレビ番組ソフトの制作・流通システムの矛盾が顕著になり、その抜本的な組み替えが求められているからである。
メディア総研では、このような状況を見据えて、番組ソフトの制作と流通の適切なあり方を求めて検討を行ってきた。これまでに、放送局やプロダクションで働く制作者へのアンケート調査(97年2月~3月)と、テレビ局・番組制作会社・派遣会社の経営者へのアンケート調査(97年7月~8月)を実施したほか、放送局の経営者、編成担当者、営業担当者、記者、制作者、番組制作会社経営者などへの聞き取り調査を行ってきた。また、海外の現状についての資料収集なども行い、それらをもとに今回「提言」としてまとめた。
「提言」をまとめるにあたってポイントとしたのは以下の点である。
�番組制作体制におけるリソース(源資)の公正な配分の必要性
�番組ソフト市場の改善を図り、番組ソフトを動かすシステムを作りだす必要性
�番組制作の支援体制確立の必要性
�番組制作者の権利を確立し制作能力を高める方策の必要性
現在のテレビ番組ソフトの制作は、地上放送局による番組制作会社への外注化と、人材派遣会社、フリーランスの導入を中心にすすめられている。このため、徹底したコスト管理と視聴率重視の視点になりやすく、番組制作関係においても放送局と番組制作会社の関係は、従来の下請け的な上下関係という立場を改善できないでいる。その結果、番組制作会社への制作費の公正な分配がすすまないだけでなく、制作会社間の抜け駆け的な競争を生む体質もつくりあげている。また、番組制作における放送倫理の欠如や、番組内容の質の低下を招きやすくもしている。1998年3月に発表された公正取引委員会の「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針」は、そのような構造が生み出す問題点を明確に示している。
放送局と番組制作会社とのこのような「発注-受注関係」は、番組の著作権の帰属についても、放送局が著作権を有するのが当然のような状態を生み出している。発注者である放送局は、制作資金を放送局が出資していることや、番組制作会社だけでは流通経路を確保できないなどといった理由で、番組の二次利用権であるいわゆる「窓口権」を独占してきたが、こうした行為もまた「役務の成果物に係る権利等の一方的扱い」にあたるとして、公正取引委員会は「違法となる」とした。
しかし、事態は改善されてはいない。むしろこうした要因が相まって、全体としては番組ソフトの制作と流通をますます機能不全状態に追い込んでいるようにすらみえる。
こうした状況を打開するために、全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)や一部のキー局で改善への動きが始まっているが、放送界全体からするとその動きは活発とはいえない。このままテレビ番組ソフトの制作・流通体制が変わることなく推移するのであれば、日本の放送メディアはマスコミュニケーションとしての役割を発揮できないばかりか、デジタル技術の可能性を押しつぶして産業的な危機を招くかもしれない。
2.デジタル時代の放送秩序の変化
デジタル化の大きな特徴は、テレビメディアの多チャンネル化であり、その結果としてテレビ番組ソフトの広大な市場が生まれることである。これまでのテレビ番組の制作・流通は、地上放送事業者がほぼ一元的に管理・運用してきたが、新しい事態のもとで、多種多様な資本がこの分野への参入を始めている。その新しい変化は、放送業界が長年にわたってとってきた前近代的な「発注-受注関係」の見直しを迫らずにはおかないであろう。
デジタル化の果実を市民社会のために真に生かそうとするのであれば、豊富で多様な番組の制作と流通を通して、まずテレビで実現されるべきである。そのためには、何よりも志のある放送事業者の登場が待たれるし、多彩な制作者と番組ソフトを動かす事業者の出現が望まれる。
すでに日本のテレビ番組制作においては、番組制作会社が主要な担い手としてその位置を占めるまでになっている。一方、番組ソフト市場には多様な資本が参入する動きを見せている。番組ソフト制作の実質的な担い手となった番組制作会社と新しい資本との出会いは、従来の放送局と番組制作会社との関係を変えずにはおかない。それだけに、番組制作と流通市場において、個々の事業者が自立しながら放送ジャーナリズム、放送文化の発展をめざせるような環境を整備することが不可欠になっている。
そのためには、先に指摘したような問題点を改善し、番組ソフトの制作・流通体制の透明性を高め、関係者がそれぞれの分野に公平に参画して適正な報酬を受けとることができるシステムへと組み替えなければならない。そうすることで、放送産業全体が近代的な構造へと転換することができるし、市民社会の期待に応えるメディアとして、その役割を果たすことができるのではないか。