声明・アピール
Vチップおよび番組格付けの導入についてのメディア総合研究所の見解
1998年10月14日
メディア総合研究所
メディア総合研究所
ことし5月、郵政省に設置された「青少年と放送に関する調査研究会」は、開催目的のひとつに「放送分野における視聴者政策」をあげ、その一環として青少年保護のための「Vチップ制度」導入の検討をおこなっています。
Vチップとは、過度な暴力表現や性表現のあるテレビ番組を機会的に遮断するためにテレビ受像機に付けられる半導体装置で、VはViolence(暴力)の頭文字からとられたものです。放送事業者が暴力表現等の度合いに応じて各放送番組の「格付け(レイティング)」をおこない、各家庭がそれにもとづいて子どもに見せたくないレベルを登録しておくと、そのレベル以上の暴力・性表現を含む番組が写らなくなる「放送番組遮断装置」です。アメリカでは、家電メーカーに対し2000年1月までにすべてのテレビ受像機にこの半導体装置を組み込むことを義務づけています。
郵政省は、アメリカでこの施策が実行に移されたのを受けて、日本でもVチップの導入を急ごうとしています。しかし、96年12月に最終報告をまとめた「多チャンネル時代における視聴者と放送に関する懇談会」(多チャンネル懇)では、「現状においては時期尚早」とされた制度です。「青少年とテレビ」をめぐる論議は、本来、より豊かな放送番組が数多く制作され、社会のなかで放送が有効に機能することを目的とすべきであって、番組を機械的に遮断することで放送が良くなるとは考えられません。
当研究所は、Vチップ制度の導入には以下のような問題点があり、その問題を十分議論することが先決で、そのうえで導入の是非を検討すべきだと考えます。
[市民不在の懇談会行政]
視聴者・市民にこの議論への参加機会がほとんど与えられないまま、郵政省の上記の調査研究会などでVチップ等の導入の検討がすすめられています。96年末に多チャンネル懇が「Vチップ導入は時期尚早」との結論を出してから2年になろうとしていますが、この間に市民に向けてVチップ制度の是非を問う議論が呼びかけられたことはなく、Vチップ制度等についての社会的合意形成が見られたとはとても言えません。まして、このような番組遮断装置についての周知が図られたこともありません。
それにもかかわらず、法律にもとづいて設置される組織ではなく、郵政大臣や担当局長の諮問機関である「懇談会」や「調査研究会」で、表現の自由に関わる問題を検討するという行政の姿勢は問題です。市民不在の“懇談会行政"が、表現の自由に関わる分野で当然のことのように展開されている事実を見過ごすことはできません。
[番組格付けは誰がするのか]
アメリカでは、年齢区分・内容区分をともなうテレビ局による番組の格付けがすでに実施されていますが、その格付け基準制定のあり方や、格付けをおこなうものは誰か、などの問題をめぐっては多くの問題点が指摘されています。政府とは別個の特別な機関または独立行政機関が放送行政を担っている欧米諸国の放送制度と異なり、郵政省が一元的かつ独任的に行政施策を展開している日本では、これらの問題点はいっそう深刻であり、公的規制と表現の自由に関する十分な検討が必要であると考えます。
[青少年の視聴する権利を侵害しないか]
親の養育権の観点から、有害な情報から子どもを保護することは「子どもの権利条約」にも定められていますが、広範な番組を遮断してしまうVチップ制度は、子どもも表現の自由の権利(情報受領権)を共有する主体であるという原則から、過剰な規制となる危険があります。また、Vチップ制度は親の選択肢の拡大につながると評価される一方で、子どもの番組視聴に対する親の情報選択権を政府や放送業界に委ねてしまう、との問題もあります。
[番組基準の遵守とその理念の実行を]
放送法および各放送事業者が自主的に定めている番組基準、放送倫理基本綱領等の遵守とその理念の実行を促すべきで、番組表現に関わる分野に公的規制を導入することは、番組制作者および放送事業者の表現活動を萎縮させ、社会全体が享受する表現の自由・放送の自由を狭める危険があります。
[放送事業者の沈黙]
Vチップ問題の当事者である放送事業者のこの制度に対する見解は、公式には(98年)5月27日の衆議院逓信委員会におけるNHK会長および民放在京5社の社長による簡単な反対表明があるだけです。郵政省の調査研究会のメンバーであるNHK会長および民放連会長の同会における発言もみられますが、これは必ずしも公式見解とは言えないものです。このように、各放送事業者がこの問題について積極的に見解を表明しないなかでVチップ制度導入の検討がすすむことは、視聴者・市民にとっては全く納得できない状況だと言わざるを得ません。放送事業者はこの機会に自らの意向を視聴者に向かって表明すべきであると考えます。
放送のデジタル化対応を余儀なくされつつある放送事業者はいま、その事業展開のための膨大な資金を必要としており、その新たなビジネス展開と表現内容に関わるVチップ制度の導入論議が同時期に起きていることにも注目しなければなりません。こうした時期における放送事業者の沈黙の維持は、言論報道機関としての放送局が法規制もしくは外圧を待つ姿勢とみることができるからです。
同時に放送事業者には、より良い放送番組を社会に送り届ける責務が自らにあることを自覚し、近年極めて少なくなってしまった青少年向けの番組を新たに制作・放送することが強く求められていると考えます。
[諸外国の経験の検証]
「青少年保護とテレビ」をめぐっては、諸外国ではそれぞれの事情のなかで多様な施策が展開されています。欧米各国では、�青少年にふさわしくない番組の放送を深夜帯に制限する放送時間帯規制、�暴力・性表現などを含む番組内容についての事前表示制度、�青少年向けの番組を最低週何時間放送するといった放送番組時間量規制などの措置が講じられています。しかし、こうした措置を講じている国々がすべてVチップの導入を決定しているわけではありません。
日本の事情を考えると、現段階は、Vチップ導入を決定し番組格付けを実施しているアメリカや、「一時しのぎの制度にすぎない」としてVチップの当面の導入を見送る方向を打ち出したイギリスの対応など、諸外国の多様なとりくみの状況や結果をより詳細に検討すべき時期であり、急いで結論を出すにはあまりにも議論が不足していると考えます。
[Vチップ制度の実効性]
放送が青少年にとって有益であるためには、なによりも良い番組が制作され放送されることが肝要ですが、番組を機械的に遮断する装置を導入することでそれが実現するとは考えられません。Vチップ制度の導入は、むしろ青少年の好奇心をいたずらに刺激しかねない側面をもっています。
また、放送事業者のなかには「〇歳以下には不適切」と番組に明示したのであるから、あとは親の責任であるとしてこれまで以上に過激な表現を含む放送を実施する可能性もあります。こうしたことから、Vチップ制度の導入は、青少年に有益な番組を増加させることにはつながらないと考えます。
[青少年保護目的以外への応用]
Vチップ等の導入は、青少年保護を目的とした番組遮断だけでなく、多様な表現についても適用される可能性があります。多様な価値観をもつ人々からなる社会にあっては、さまざまな価値観から、コマーシャル、さらにはニュース番組、政治関連番組などの表現のあり方をめぐって、この制度の適用・利用を求める声が出てくることが予想されるからです。
加えて日本では、1993年秋のテレビ朝日報道局長発言をめぐる郵政当局や政権党および野党の対応を忘れてはならないと考えます。この事件を機会に、郵政省は従来の見解を 180度転換して「政治的公平についての判断権限は行政当局にある」とし、議員諸氏は、番組制作者の精神活動に踏み込んで思想信条の自由を蹂躙しました。このような権限の拡大解釈や思想信条の自由の蹂躙がVチップをめぐって発生した場合、放送の自由はこれまで以上に制限されることになると考えます。
以上の問題点から、Vチップ・番組格付け制度の導入については慎重かつ広範な議論が必要であると考えます。また、放送と青少年をめぐる問題についての継続的な研究や調査が必要です。
メディア総合研究所は、その認識のもとに、研究所内にその分野を担当するチームを設け、研究調査をおこなうことにしました。
Vチップとは、過度な暴力表現や性表現のあるテレビ番組を機会的に遮断するためにテレビ受像機に付けられる半導体装置で、VはViolence(暴力)の頭文字からとられたものです。放送事業者が暴力表現等の度合いに応じて各放送番組の「格付け(レイティング)」をおこない、各家庭がそれにもとづいて子どもに見せたくないレベルを登録しておくと、そのレベル以上の暴力・性表現を含む番組が写らなくなる「放送番組遮断装置」です。アメリカでは、家電メーカーに対し2000年1月までにすべてのテレビ受像機にこの半導体装置を組み込むことを義務づけています。
郵政省は、アメリカでこの施策が実行に移されたのを受けて、日本でもVチップの導入を急ごうとしています。しかし、96年12月に最終報告をまとめた「多チャンネル時代における視聴者と放送に関する懇談会」(多チャンネル懇)では、「現状においては時期尚早」とされた制度です。「青少年とテレビ」をめぐる論議は、本来、より豊かな放送番組が数多く制作され、社会のなかで放送が有効に機能することを目的とすべきであって、番組を機械的に遮断することで放送が良くなるとは考えられません。
当研究所は、Vチップ制度の導入には以下のような問題点があり、その問題を十分議論することが先決で、そのうえで導入の是非を検討すべきだと考えます。
[市民不在の懇談会行政]
視聴者・市民にこの議論への参加機会がほとんど与えられないまま、郵政省の上記の調査研究会などでVチップ等の導入の検討がすすめられています。96年末に多チャンネル懇が「Vチップ導入は時期尚早」との結論を出してから2年になろうとしていますが、この間に市民に向けてVチップ制度の是非を問う議論が呼びかけられたことはなく、Vチップ制度等についての社会的合意形成が見られたとはとても言えません。まして、このような番組遮断装置についての周知が図られたこともありません。
それにもかかわらず、法律にもとづいて設置される組織ではなく、郵政大臣や担当局長の諮問機関である「懇談会」や「調査研究会」で、表現の自由に関わる問題を検討するという行政の姿勢は問題です。市民不在の“懇談会行政"が、表現の自由に関わる分野で当然のことのように展開されている事実を見過ごすことはできません。
[番組格付けは誰がするのか]
アメリカでは、年齢区分・内容区分をともなうテレビ局による番組の格付けがすでに実施されていますが、その格付け基準制定のあり方や、格付けをおこなうものは誰か、などの問題をめぐっては多くの問題点が指摘されています。政府とは別個の特別な機関または独立行政機関が放送行政を担っている欧米諸国の放送制度と異なり、郵政省が一元的かつ独任的に行政施策を展開している日本では、これらの問題点はいっそう深刻であり、公的規制と表現の自由に関する十分な検討が必要であると考えます。
[青少年の視聴する権利を侵害しないか]
親の養育権の観点から、有害な情報から子どもを保護することは「子どもの権利条約」にも定められていますが、広範な番組を遮断してしまうVチップ制度は、子どもも表現の自由の権利(情報受領権)を共有する主体であるという原則から、過剰な規制となる危険があります。また、Vチップ制度は親の選択肢の拡大につながると評価される一方で、子どもの番組視聴に対する親の情報選択権を政府や放送業界に委ねてしまう、との問題もあります。
[番組基準の遵守とその理念の実行を]
放送法および各放送事業者が自主的に定めている番組基準、放送倫理基本綱領等の遵守とその理念の実行を促すべきで、番組表現に関わる分野に公的規制を導入することは、番組制作者および放送事業者の表現活動を萎縮させ、社会全体が享受する表現の自由・放送の自由を狭める危険があります。
[放送事業者の沈黙]
Vチップ問題の当事者である放送事業者のこの制度に対する見解は、公式には(98年)5月27日の衆議院逓信委員会におけるNHK会長および民放在京5社の社長による簡単な反対表明があるだけです。郵政省の調査研究会のメンバーであるNHK会長および民放連会長の同会における発言もみられますが、これは必ずしも公式見解とは言えないものです。このように、各放送事業者がこの問題について積極的に見解を表明しないなかでVチップ制度導入の検討がすすむことは、視聴者・市民にとっては全く納得できない状況だと言わざるを得ません。放送事業者はこの機会に自らの意向を視聴者に向かって表明すべきであると考えます。
放送のデジタル化対応を余儀なくされつつある放送事業者はいま、その事業展開のための膨大な資金を必要としており、その新たなビジネス展開と表現内容に関わるVチップ制度の導入論議が同時期に起きていることにも注目しなければなりません。こうした時期における放送事業者の沈黙の維持は、言論報道機関としての放送局が法規制もしくは外圧を待つ姿勢とみることができるからです。
同時に放送事業者には、より良い放送番組を社会に送り届ける責務が自らにあることを自覚し、近年極めて少なくなってしまった青少年向けの番組を新たに制作・放送することが強く求められていると考えます。
[諸外国の経験の検証]
「青少年保護とテレビ」をめぐっては、諸外国ではそれぞれの事情のなかで多様な施策が展開されています。欧米各国では、�青少年にふさわしくない番組の放送を深夜帯に制限する放送時間帯規制、�暴力・性表現などを含む番組内容についての事前表示制度、�青少年向けの番組を最低週何時間放送するといった放送番組時間量規制などの措置が講じられています。しかし、こうした措置を講じている国々がすべてVチップの導入を決定しているわけではありません。
日本の事情を考えると、現段階は、Vチップ導入を決定し番組格付けを実施しているアメリカや、「一時しのぎの制度にすぎない」としてVチップの当面の導入を見送る方向を打ち出したイギリスの対応など、諸外国の多様なとりくみの状況や結果をより詳細に検討すべき時期であり、急いで結論を出すにはあまりにも議論が不足していると考えます。
[Vチップ制度の実効性]
放送が青少年にとって有益であるためには、なによりも良い番組が制作され放送されることが肝要ですが、番組を機械的に遮断する装置を導入することでそれが実現するとは考えられません。Vチップ制度の導入は、むしろ青少年の好奇心をいたずらに刺激しかねない側面をもっています。
また、放送事業者のなかには「〇歳以下には不適切」と番組に明示したのであるから、あとは親の責任であるとしてこれまで以上に過激な表現を含む放送を実施する可能性もあります。こうしたことから、Vチップ制度の導入は、青少年に有益な番組を増加させることにはつながらないと考えます。
[青少年保護目的以外への応用]
Vチップ等の導入は、青少年保護を目的とした番組遮断だけでなく、多様な表現についても適用される可能性があります。多様な価値観をもつ人々からなる社会にあっては、さまざまな価値観から、コマーシャル、さらにはニュース番組、政治関連番組などの表現のあり方をめぐって、この制度の適用・利用を求める声が出てくることが予想されるからです。
加えて日本では、1993年秋のテレビ朝日報道局長発言をめぐる郵政当局や政権党および野党の対応を忘れてはならないと考えます。この事件を機会に、郵政省は従来の見解を 180度転換して「政治的公平についての判断権限は行政当局にある」とし、議員諸氏は、番組制作者の精神活動に踏み込んで思想信条の自由を蹂躙しました。このような権限の拡大解釈や思想信条の自由の蹂躙がVチップをめぐって発生した場合、放送の自由はこれまで以上に制限されることになると考えます。
以上の問題点から、Vチップ・番組格付け制度の導入については慎重かつ広範な議論が必要であると考えます。また、放送と青少年をめぐる問題についての継続的な研究や調査が必要です。
メディア総合研究所は、その認識のもとに、研究所内にその分野を担当するチームを設け、研究調査をおこなうことにしました。